大連の消えゆく日本家屋-南山路周辺

大連の友人から大連の日本家屋に関する報告を送ってくれました。
今回はその第二段。 南山路周辺を紹介してもらいました。 どれも築80年ほど立っていますが、今でも充分通用するハイカラな建築ですね。 取り壊される前に、一度見てみたいものです。 (写真をクリックすると拡大します)

日本統治時代の大連、終戦直前には30万人近くも日本人が住んでいたそうです。故に市内のあちこちで日本家屋が未だ残っており、私たちにとっては歴史の証人とも思えます。しかし大連の再開発の波に押され、これらは今、殆どが取り壊しの運命にあります。今日は大きくは3カ所残されている内の南山路地区の現状をご紹介します。 

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まず地図を見てみましょう。南山路地区は大連駅の南東にあり、その北側には軍や政治関係の施設のあった中山広場があります。青い線で囲まれたところが現存する日本家屋の密集地ですが、ここが全て再開発され、新たに学校や新築のマンションなどが建ち並ぶ計画で約30万km2あるようです(東京ドーム7個分)。ここは政府高官が終戦後、日本家屋に住み着いた関係もあってか比較的綺麗に維持されており、更には「日本風情街」と称する当時の西洋風日本家屋を改修したり新築で再現した高級住宅街があり、観光地にもなっています。ちなみに南山地区は、旧家屋を改修し維持し続ける家屋がいくつかあるため、全部が全部、取り壊されるわけではありません。では、以下にご紹介していきましょう。 

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今は民間アパートですが、元々はオフィスビルだったようです。3つのアーチの入口の上には彫刻が飾られていますが、一番左の彫刻が無くなっているのは歴史を感じさせてくれます。 

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旧満鉄病院(現大連医科大学付属病院)の裏門です(裏門は最近のもの)。病院の建物の内外は未だ当時の状態を維持しています。先日に診療で初めて入りました。内側は改修されていますが、いわゆる天井の高い石造りの重厚感が垣間見えました。 

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今はアパートですが、造りを見ているとこれもオフィスだったように見受けます。

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これもオフィスだったのでしょうか?小さな新聞社の社屋のようです。 

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角が丸いお洒落な造りです。外壁はピンクに塗り替えられていました。

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これは重厚感の漂う建物です。近くで見るとオフィスだな、と分かる造りです。これらの殆どは今はアパートとして利用されていますが、南山路にもオフィス街があったのでしょう。 

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南山日本風情街の新家屋です。旧家屋の改造ではなく新築ですが、満州時代の日本家屋を模したものです。 

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南山日本風情街の中心にある広場です。夏ならば噴水が吹き出しています。
 


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広場から東西に延びるメイン通り?です。この両側に、日本家屋を模した新築や旧家屋を改造した住居が並びます。まるで高級住宅街ですね、、、ではなく、全くの高級住宅街です。 

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広場には、日本風情を強調する意味なのか、日本人形が立っています。 

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日本風情街の周辺です。新築のお洒落な一軒家が建ち並びます。でも、周りにはコンビニなど商店はなく、ふむ、生活に余裕のある人だけが住めそうです。 

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可愛らしい色に塗り替えられています。はい、幼稚園として利用されています。
 


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これは豪邸ですね~。右半分が個人住居で、左半分がアパートのようです。 

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ここにも「くの字」型の家屋がありました。この形、なんとなく好きです。ちなみに、ここもアパートのようで、窓ひとつ一部屋ごとに誰かが住んでいるようです(アパートである理由:中央の扉が開け放たれているから)。 

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これは綺麗に改修されています。窓枠がアルミサッシと現実的です。 

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これは大連在住の日本人では有名な日本料理屋「本膳母屋」(宣伝じゃないですけど)。外装は改修していますが、完璧な日本風木造で、店内はその特徴を生かして個室が配置されています。中に入ると、大連を忘れるか日本の歴史を感じるかのどちらかでしょう。 

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ここからがこれから取り壊される家屋の紹介です。複雑に屋根が組み合わさった家屋ですね。

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こんな寒冷地仕様?の傾斜の強い大きな屋根もあるのですね。 

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玄関がアーチ型をした家屋が多数見られます。 

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洋館のような、屋根を見ると日本家屋、、和洋折衷が大連の日本家屋の特徴です。 

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かなり痛んでいるように見えますが、窓枠を交換したりと、未だ未だ住めそうです。これらは全部が築70年以上です。 

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同じ形が3軒並んでいます。建て売りだったのでしょうか? 

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見慣れると、結構、似た構造の家屋が多い様です。玄関は右側でアーチ型。左に物置?が出っ張っていて高い煙突が、中央に三角屋根といった感じです。 

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これも大きな家ですね。写真では分かりにくいのですが、塀は当時のままのようです。 

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立派な玄関ですね。 

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ここは既に再開発が始まった隣接区です。公道も纏めて再開発するのでしょう。封鎖されて通ることの出来ない道路看板が寂しそう? 

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こんな感じでブロックごとに再開発が進んでいます。ここは景観重視なのか、高層アパートは建たないようです。ちなみにここは香港デベロッパーの投資による開発でした。 

以上が、南山地区のご紹介でした。日本家屋と言っても、完全な和式家屋は、やはり土地柄(寒い、降雪)で難しいのか、ロシア時代の建て方(いわゆる洋館)を基本に和式を取り入れた感じです。南山地区の家屋は他に比して大きく200m2以上ある、今の日本で言えば豪邸クラスなようです。やはり中山広場という軍や商業の中心地や後ろに山を背負う緑豊かな良い環境の近くだけに、相応の人が住んでいたのでしょう。ただ旧家屋は、いづれも築80年以上ですから痛みは激しいものの、よくここまで残っていたな、と感慨深く眺めておりました。 

「大連の消えゆく日本家屋」のシリーズ


はじめに
http://ja1uoa1951.at.webry.info/201102/article_3.html

南山路周辺
http://ja1uoa1951.at.webry.info/201103/article_2.html

高尓基路周辺
http://ja1uoa1951.at.webry.info/201205/article_4.html

文化街周辺
http://ja1uoa1951.at.webry.info/201205/article_5.html

大連市内
http://ja1uoa1951.at.webry.info/201205/article_6.html 

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この記事へのコメント

2017年04月20日 21:06
南山寮は 満鉄の単身寮ですw
オフィス用の建物ではありません