ハルビン氷祭りツアー(寝台列車の旅)

大連の友人がハルビン氷祭りツアーに行って、その報告を送ってくれました。 写真が膨大なため、何部作かに分けて掲載します。 先ずは、大連からハルビンへの夜行列車の旅を掲載します。 (写真をクリックすると拡大します)

先週、家族と共に、ハルビンへ旅行に出掛けてきました。目的は勿論!あの有名な「氷祭り」の見学です。最初は家族4人で出掛けるつもりが、日本から姉や家内の友人も参加、アパートの友人たちに話すと一緒に行くことになり、なんと20名近い団体になってしまいました。ハルビンは慣れていないので旅行会社と相談しツアーを組んで貰いました。普通は往復とも飛行機ですが、今回は行きの大連-ハルビンは夜行寝台列車、帰りを飛行機とする2泊2日の旅です。旅行で撮った写真が膨大なため、いくつかに分けて報告します。今回は大連→ハルビンまでの夜行寝台列車の旅編です。 

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大連の旅行会社の人と大連駅で待ち合わせ、手配して貰った切符を受け取りました。私たちの乗る列車は、T129号(終点は大慶、ハルビンから1時間先)20:48大連発、翌6:03ハルビン着の軟臥(柔らかいベッドの寝台車:高級!)です。ちなみに列車番号のTは「特別快速」の頭文字、この列車の座席は4種類有って、寝台の軟臥・硬臥、座席の軟座、硬座です。軟臥は2段の4人コンパートメント、硬臥は3段ベッドの6人用、そして通路を挟んで2列ずつの軟座。4人掛けボックスの硬座です。お値段はハルビンまで、軟臥上段:337元(約4000円)、硬臥上段:220元、軟座:198元、硬座:125元ですが、寝台は下段のほうが高いようです。 

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大連駅構内2階、出発待合ホールです。春節は2月3日ですが、この日1月21日は既に帰省ラッシュが始まり大勢の人でごった返していました。何でも、今年は景気好調を受けて?例年の2倍の2億人もの人が帰省移動するとかの予測もあり、中国鉄道部は昨年以上に増発するものの実際には帰省列車の切符がなかなか買えず、こうして日をずらしての帰省が多いそうです。 

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切符の改札は2F待合ホールの両側にあり、列車の出発時間に併せて改札が開きます(これだけの人間が一気にホームに入ったら大混乱!)。先を争うように、普通の日本人ならたじろいでしまうような行列とも言い難く先を急ぐのは一般席の硬座の人が多いからでしょうか。 

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切符を切って貰って、階下のホームに降ります。 

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私たちの乗るT129号は18両編成なようです。18号車が先頭のディーゼル車牽引です(大慶行きですが、ハルビンの1時間ほど先にある、油田で有名な街です)。 

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乗り口は2両で1カ所、各車両ごとに専任の車掌さんがいます。写真で奥の方が明るくなっていますが、最近、新しく改装したホームの屋根です(列車に乗るのにバタバタして、写真を撮れなかった)。 

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軟臥車両の通路です。かなり狭い。 

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軟臥4人用のコンパートメントを通路から撮ってみました。残念ながら、いや、さすが中国というべきか、団体で切符を予約しても、全員が同じ部屋とはならず、数人ずつにバラバラ。しかも私だけは同じ13号車ながら、端っこの方にひとりだけとなってしまいました。 

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私のベッドは13号車の8番。上段ベッドです(写真合成が汚くて済みません)。他の3人はハルビンや大慶に行かれる人。大抵は、出発後には下段ベッドに4人が座り、おしゃべりを愉しみ、時間が来たら就寝するというのが習慣?らしいですが、彼らの東北訛りの言葉が聞き取れず、私一人でベッドに上がってしまいました。ベッドはそこそこ快適で布団もあります。でも新空調車?なので暖房が効きすぎるくらいで暑くてパンツとシャツで布団を被っていました。ふと他の人を見ると、乗ってきたときの服装のママ、布団も掛けずに寝ていました。ちなみに寝台車の場合、出発して1時間くらいで車掌さんが各部屋を訪ね、切符と何かのカードを交換してくれます。理由は中国人に聞いても不明なのですが、切符紛失防止なのか、或いは、到着間近にモーニングコール宜しく、切符に交換しながら起こしに来るのかとも? それから、上に上がるときは、梯子はなく、壁の小さなステップに足を掛けて乗るのがちょっと面倒。ご老体や女性には間違いなくキツイでしょう。 

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列車の連結部です。この脇にトイレがありました。基本的に夜行寝台ということで、食堂車とか物売りは無いようです。 

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さて、ハルビンに近づいてきました。時間は5時半。車掌さんの切符交換の前に起きて、トイレがてら車両の近場をうろつきました。お!ナント連結部分の蛇腹が凍っている! 

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乗り口ドアも窓も周りも凍っている!う~ん、北国ならではの光景です。 

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ハルビン到着!定刻は6:03でしたが、ちょっと遅れて6:26に到着。途中、雪が降っていたりしたからでしょうか?外は未だ暗い。暖かい車内からホームに降りたって寒さが一瞬分からなかった。1分ほどして、寒い~ではなく、いきなり冷たいっ!と実感できたのは、余りに寒いので(聞けばマイナス20度!)体が経験的に実感できる温度ではなかったということか。おぉ~!ハルビンにやってきた!(降り口に人が群がっているのは乗るためではなく、この列車で運ばれてきた貨物を受け取る人たちです)。 

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約9時間半の寝台列車、大きな揺れもなく、かなり快適でした。やはり軟臥だからこそなのでしょう。硬臥は寒いので着込まないと寝られない等、他の旅行された方のBlogにありましたが逆に暑すぎた。しっかり睡眠できたのですが、途中で3回もトイレに起きるときはちょっと大変。下で寝ている人を起こさないように気遣ったり、上にも書いたように下に降りる際にステップに足を掛けるだけでなく、手すりに捕まり踏ん張りながら降りる。まるでアスレチックです。この点、改善して欲しいなぁと。列車はこのアト、終点の大慶に向けて出発です。 

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凍てついたホームを黙々と出口に向かって歩いて行きます。こちらの人たち、手には大きな荷物を抱えて引いて。実家へのお土産がたくさん詰まっているのでしょう。こんな風景、やっぱり、中国だな~と思える一瞬です。 

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ハルビン駅構内から見た出口です。出口はどうやらこの1カ所だけなようです。
 


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出口を外から見た風景。表には到着を示す掲示板があります。出迎えの人は中に入ることが出来ないことや一度に1000人以上が到着するので、この出口の表側は到着と出迎えの人たちでごった返していました。 

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現地でガイドさんと待ち合わせた後、駅前の昆倫飯店で朝食。ちょっと時間があったので、駅前を歩いてみました。ハルビン駅舎は大きい。威風堂々といった感じ、かつ中国らしい風情でもあります。おまけに正面には氷の彫像がしつらえてありました。ちなみに道路は完全に凍っていますので、歩くには注意が必要です。

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駅前広場には、氷祭りのイントロ?が飾られていました。氷の街ハルビンですな。しかし遠くの煙突からはひどく白くて濃い煙や蒸気が噴き出されていました。とても寒いことを象徴しています。 

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駅前正面の紅軍街(通り)です。昔、ロシアがハルビンを支配していたときのメイン通りだったそうです。手前左の2階建て、趣ある建物はロシアが建てたもの、後の満州時代には大和ホテルになったそうです。しかし、この通りを見るだけで寒々しい感じがします。 

或る意味で初めて来たに等しいハルビン。しかも初めての夜行寝台でハルビンに早朝入り。ちょっと感動ものです。マイナス20度とはいえ、朝早くから人々は動き出している。駅前に立ってちょっと考えました。こんな所に住むことは出来るのだろうか?(到着したばかりなので未だ「こんな所」扱いしてますが)そして駅から出た瞬間、20年前の北京を彷彿させる猥雑さが香ったハルビン。重工業と氷祭り、ロシアの作ったことくらいしか有名でないハルビン。どんな産業があるのだろうか?人々はどんな生活をしているのだろうか?そんな興味とも期待ともつかない気持ちで駅前に佇んでおりました。さて、この後は、市内観光~雪祭り~氷祭りへ出発です。(ちなみに、ハルビンはバックパッキングとかでなく、普通に個人旅行されたい方は団体旅行に参加された方が良いでしょう。何故なら、タクシーが圧倒的に少なく捕まえにくい、相乗りは当たり前ですので、移動に不便この上ありません。或いは高くなってもホテルとかで車を1日をチャーターするのが良いでしょう) 

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