8月3日から三泊四日で飯豊山へテント縦走してきました

 8月3日から山仲間と二人で飯豊山へ行ってきました。
友人が一昨年購入したテントは昨年一度も使用しなかったので、今年はテントを使用して久しぶりの縦走山行をやってみたくなった。 目標は私のまだ行っていない百名山の一つである飯豊山で、シーズン中の小屋が混むため、テント山行に最適である。
   
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実施日:2006.08.03(木)~06(日)

参加者:2名

天候 :08/03晴れ
    08/04晴れ
    08/05曇り
    08/06晴れ

コース:
08/03
新宿駅南口バスターミナル集合→(バス:夢街道会津1号)→会津若松駅前→(磐越西線)→山都→(バス)→川入→川入キャンプ場
08/04
川入キャンプ場→御沢登山口→地蔵山→三国岳→切合小屋→草鞋塚→飯豊山神社
08/05
飯豊山神社→飯豊本山→御西小屋→御手洗池→烏帽子岳→梅花皮小屋→北股岳→門内小屋
08/06
門内小屋→扇ノ地紙→梶川峰→湯沢峰→飯豊山荘→(タクシー)→小国→(米坂線)→坂町→(羽越本線)→新潟→(新幹線)→東京解散


山行内容
08/03

学生が夏休みに入り多少朝夕の電車は空くようになるが、今回は大きなザックを持っているので、6時前の各駅停車に乗車し新宿へ向かう。 集合場所の新宿駅南口のJR長距離バスターミナルには6時30分に到着し、6時57分には友人と合流する。 バスターミナル横のコンビニで水筒代わりに900ccのポカリを購入し、7時25分に会津若松行きの「夢街道会津1号」へ乗車する。
 
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バスは7時30分に新宿を出発し、王子駅前を経由して高速道路へ入る。 途中、サービスエリアとパーキングエリアで2度の休憩を取り、猪苗代営業所を経由して11時55分に会津若松駅前に到着する。 バスから降りると、快晴の空から降り注ぐ日差しが強烈である。 先ずは電車の切符を購入し、駅舎の中にある蕎麦屋で昼食を食べる。 13時13分、会津若松より磐越西線で山都駅へ向かう。 電車は単線のディーゼルカーで、地元の一般乗客より登山者の方が多い。 何故かツアー登山者が目立つ。 13時55分、山都駅に到着すると、駅前には川入行きバスが待っていて、乗車すると直ぐにバスは出発する。 乗車しているのは、ここも殆どが登山客である。 バスは、徐々に山間部へ入り込み、14時44分に終点の川入バス停に到着する。 川入バス停にはツアーの小型バスが既に到着済みで、ツアー登山客は川入の民宿へと消えてゆく。 定期バスを下車し、大きなザックを担いだテント族の登山者は、バスを降りると直ぐに川入キャンプ場へと歩き始める。 我々も遅れまいと直ぐにキャンプ場へ車道を歩き始める。 川入の民宿の間を抜け、大白布沢に架かる新しい橋の脇を通過すると、日陰の無い蕎麦畑の脇の道路を延々と歩くようになる。 時々、キャンプ場から戻って来る自動車を避けながら歩いていると、汗が出始め顎から汗が落ち始める。
 
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15時12分、自家用車が20台ほど駐車してある川入キャンプ場に到着する。 まだ、テント場はがらがらで、一番条件の良い所にザックを降ろして、直ぐにテントを張る。 キャンプ場は新しいトイレに水場、それに管理欄がある。 テントを設営後、管理欄に立ち寄りキャンプ場の使用料を払い、登山計画書を提出する。 テントを設営してしまうと後はやる事も無く、早速、友人が持って来たウイスキーを飲み始める。 そうこうする内に、周囲にテントが6張りほど建つ。 16時より夕食の準備を行い、17時にはカレーライスの夕食を食べ終わる。 翌日の出発は早いので、まだ明るい18時に寝袋に足を突っ込む


8/4
電子蚊取り線香をテント内にぶらさげておいた為か、夜中に虫に悩まされる事も無く3時には気持ちよく起床する。 起床と同時に寝袋をたたみ、テントの外で朝食の準備を行いながらテントの撤収もする。 3時40分には、おこわご飯の朝食も終わり、4時02分にキャップランプを灯して川入キャンプ場を後にする。 車止めゲートを越えて、暫く川入バス停から続く林道を歩く。 林道は直ぐに御沢小屋跡となり、ここから登山道が始まる。 ここからは一気に急勾配の長坂尾根に取り付く。 25年ぶりに20Kg以上のザックを背負っての登山で、肩に背負いベルトが食い込む。 登山道はいきなり急登となり、ブナの樹林の中に続いている。 木の根が張り出した登山道は、所々大きく溝の様に掘れている。 4時30分を過ぎると樹林の中でも明るくなり始め、キャップランプの灯を消す。 重たいザックを背負っているので、何時もよりゆっくりと歩いているが、汗が出始める。 4時59分に下十五里の標識のある広場で小休止をとる。 今日は長丁場なので、焦らずゆっくりと歩く事にする。 日が樹林の中にも差し込む様になると、一気に気温も上昇し始める。 中十五里の広場を通過し、5時58分に上十五里の広場で休憩する。 同じルートを登っている登山者もゆっくりしたペースで追い抜かれつしながら登って行く。
 
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周囲が樹木に囲まれ歩き難い登山道が延々と続き、7時01分に横峰に到着し、ここでも休憩をとる。 長坂尾根には0.5刻みに標識が建っているが、単位がKmなのか時間なのか判らない。 丁度、0.5の間隔が30分位である。 横峰を過ぎ暫くすると、地蔵山山頂へ向かうルートと地蔵山をトラバースするルートの分岐に到着する。 迷わず、水場のあるトラバースルートへと入る。 トラバースルートと言っても、それなりの傾斜と木の根の張り出しがあり相変わらず歩き難い登山道が続く。 7時40分、水場の峰秀水に到着し、水の補給を行う。 冷たくて美味しい水である。 峰秀水からは急な段差を登り、傾斜が緩くなると8時01分に地蔵山との分岐を通過する。 この辺りから樹木の背が徐々に低くなり始め、直射日光が頭上から容赦なく、降り注ぎ始める。
 
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梢の隙間から三国岳が行く手を遮るように見え始め、8時32分に標高1500m地点で三国岳への登りに備えて小休止を取る。 この辺りまで登ると、日差しを遮る所が無くなり猛烈に暑く、汗が止め処も無く出るようになる。 汗かきの私はシャツの袖口からも汗が落ち、ズボンも半分ビショビショになり始める。
 
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狭い稜線を進むと先ず剣ガ峰のピークとなり、そこを越えると三国岳への急登が待っている。 昨日、同じバスで川入へ来た関西の避難小屋泊まりのパーティーが軽やかに我々を追い越して行く。 テントを担いだ単独の登山者と我々は同じ様なペースで喘ぎ喘ぎ登って行く。

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9時22分、やっとの思いで三国岳の頂上へ到着する。 山頂部には日陰が無い為、避難小屋の日陰部分へ入り込み9時45分まで小休止をとる。 殆どの登山者は避難小屋の日陰を求めて同じ所へ来る。 山頂は何故かやたらとトンボが多い。 友人は「トンボが多いから、他の昆虫が少ない。 トンボが他の昆虫を食べてしまうから。」と、説明する。 三国岳からはこれから歩く稜線が延々と繋がって飯豊本山へと続いているのが眺められる。
 
そこは小さなアップダウンが数え切れないくらいある。 三国岳からの稜線は東側が切れ落ちた非対象稜線で、細かいアップダウンが続く。 この頃になると、ザックの背負いベルトが肩に食い込み痛くて仕方なくなる。 背の低い樹木に囲まれ、暑苦しいい。
 
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10時28分に標高1660mで、10時41分に七森で休憩をとり、種蒔山を通過して11時51分にやっと切合小屋に到着する。 この小屋は、飯豊連峰主稜線唯一の食事が付く宿泊場所である。 最も持参した米との引き換えだそうで、過って友人も近ツリのツアーに参加した時、宿泊している。 小屋の前に大きな水槽があり、水が引かれているが生ぬるい。 暑さで水の消費が多いのでここでも水の補給を行い、12時13分に小屋を後にする。 切合小屋からは樹木がさらに少なくなり、花崗岩の白砂の登山道が始まる。 傾斜も少し緩むが、暑さでバテ始め足が上がらなくなり始める。 標高1908mの草履塚に13時03分に到着する。 直射日光は暑いが、この辺りになると冷たい風が吹くようになり、衣服の汗が乾き始める。
 
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行く手に飯豊本山小屋が見えるようになるが、なかなか近づかない。 岩峰帯では下山してくる女性4名のパーティーが通過に手間取り、その間疲れを癒せる。 13時45分、御秘所でも小休止を取るが、汗と一緒に電解質も奪われた私は足の筋肉がつりそうになり始める。 慌てて、友人から梅干を貰い食べ、ついでにバンテリンを筋肉へ吹き付ける。 川入を同じ様な時間に出発した登山者も、暑さで我々が休む所で同じ様に休む。 14時50分、石積みのされた一ノ王子の下で、最後の休憩を取るが肩の痛みは益々強くなる。
 
購入して初めて使うザックなので使い方が良く判らないままここまで登って来たが、どうも背負い方が悪い様である。 最近のザックは肩と背中で背負わず、腰ベルトを締め腰で背負い込むとの事を始めて友人より教えてもらう。 もう少し早く知っていれば多少快適にここまで来れたのだが、後の祭りである。 最後の坂を重たい足を引きずるように登り、15時15分に飯豊本山キャンプサイトに到着する。

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早速、テントを張るに最適な場所を確保し、重たいザックを降ろす。 早速、テント場使用料の支払いと、缶ビールを求めて5分ほど登った飯豊本山小屋へ向う。 テント場使用料は飯豊山神社へ支払い、ビールを小屋で買って飲む。 美味いが、空き缶は自分で持ち帰って暮れとの事であった。 トイレは最近建てられた様で、早速使用してみる。 テント場への帰りに夕食と翌日の朝食兼行動用の水を汲みに水場に立ち寄る。 16時にテントへ戻り、直ぐに夕食の支度を始める。
 
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風が強くテントの外は寒いのでテント内で夕食を作る。 友人は美味そうにウイスキーを飲むが、私は疲れが酷くとても呑む気になれない。 17時にα米と中華ビーフンの夕食を食べ18時に寝袋へ入り込むと同時に深い眠りに入る。 


8/5
 3時に腕時計のアラームで目を覚まし寝袋から這い出す。 友人は風でテントが煽られ寝不足と言っている。 
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テントの中でラーメンの朝食を簡単に摂り、外へ出る。 まだ外は暗く空は星が輝き、喜多方の町の灯が眼下に夜光虫のように煌いている。 しかし、残念ながら飯豊本山から大日岳はガスですっぽり覆われている。 まだ、他のテントが目覚めていない内にテントをたたみ、4時10分にキャンプサイトを後に飯豊本山小屋へ向かう。 

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よく寝たため、昨日の疲れはすっかり取れ、軽やかに足が動く。 5分ほどで飯豊山本山小屋に到着し、トイレ休憩を15分ほど取った後、飯豊本山の山頂へ向かう。 小屋を後に緩やかな傾斜を山頂へ向かって快調に進む。 4時39分、飯豊本山山頂に到着する。
 
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山頂はガスに囲まれて展望は利かないが、とりあえず山頂標識と共に記念写真を撮る。 時々、ガスが切れると昨日歩いて来た稜線が見渡せるようになる。 暫く誰もいない山頂でのんびりし、4時55分に稜線の縦走を開始する。 山頂より少し降った所で長袖の上着を脱ぎ、ガスの中のゆったりとした稜線歩きとなる。 遠望は利かないが、登山道脇には高山植物が綺麗な花をつけ、目を楽しませてくれる。 
 
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御西小屋に近づくに従い、ガスが益々濃くなり、ザックやシャツが濡れてくる。 6時02分、御西小屋に到着するが、ガスは一向に切れる様子も無い。 予定では大日岳を往復する事になっていたが、展望の全く利かないガスの中なので大日岳往復を中止し、そのまま縦走を続けることにする。 6時15分、御西小屋を後にする。 稜線の北側に付いた登山道は、雪渓の最上部すれすれに通っている。 所々、雪渓上にもトレースがある。 昨日の川入からの登りと比較すると起伏は全く感じられない。
 
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御西小屋から遠ざかるに従い、徐々にガスが薄くなってくる。 大日岳を往復しなかった分、時間が余るので今日の宿泊場所を梅花皮小屋より遠い門内小屋とする事に決める。 6時49分、近くに池のある天狗の庭に到着し小休止を取る。 
登山道の両脇のお花畑を眺めながら歩いている内に御手洗池を通過し、7時45分に亮平ノ池に到着する。 時間が充分にあるので25分ほどゆっくりと休み、花の写真を撮りまくる。 
 
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亮平ノ池を出発し、登りになっても昨日のような日差しは無く、暑さから逃れられ快適に登れる。 8時49分、標高2018mの烏帽子岳に到着する。 この辺りになるとガスも殆ど無くなり展望が利くようになる。
しかし、後を振り向くと相変わらず大日岳はガスに覆われている。
 
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梅花皮岳を過ぎると眼下に梅花皮小屋が見えるようになる。 一気に下り坂を降り、9時35分に梅花皮小屋に到着する。 
梅花皮小屋へは石転沢が突き上げていて、早朝に飯豊山荘を出発した足の速い登山者が到着し始めている。 小屋の直ぐ近くには水場があり、混混と水が湧き出している。 ここで給水を行い、顔を洗いさっぱりする。 10時02分、梅花皮小屋から北股岳への急登の登りにかかる。 途中の登山道からは石転沢が一望でき、雪渓を多くの登山者が登っているのが眺められる。 しかし、石転沢は詰めるに従い傾斜がきつくなる。 アイゼンとピッケルを持っていないと登る気のおこらない雪渓である。 花を眺めながら登り、10時30分に祠のある北股岳山頂に到着する。 北股岳を少し降り、暫くすると稜線上に立派な祠のある門内岳が現れ、その肩越しに門内小屋が見えるようになる。 

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登山道は山頂を通過するルートと、山頂直下をトラバースして小屋へ向かうルートに分かれている。 11時35分、門内小屋に到着し、この日の行動を終了する。 小屋の隣には建てられてばっかりの真新しいトイレがある。 トイレはバイオトイレで、用足し後自転車のペダルを回し、汚物を攪拌するようになっている。 小屋で、テント場使用料を支払い早速ビールを購入する。 ここも購入したビールの空き缶は、自分で降ろす事になっている。 テント場は小屋の下に二段になっているが、我々は一番下の二重稜線になった砂地に設営する。 雨が降れば確実に水没するような所であるが、平らでデコボコが無い所がよい。 直ぐにテントを張り、近くの水場で給水し、コンロに火を点け行動食の残りで昼食を作る。 酒の残りを飲みながらのんびりと食べる。 時々、風が二重稜線の中に巻き込み砂がテントの中まで入り込んでくる。 テントの上に寝袋を干す。 隣にテントを張った横浜からの単独登山者と話をしながら時間を潰す。 少し早いが16時にベトナムフォーと焼きビーフンの夕食を食べ、17時に寝袋へ潜り込む。 
   
    
8/6
 長袖のシャツを着て寝たが、寒さで何度か夜中に目が覚める。 3時に寝袋を出て、α米のドライカレー一袋を二人で分けて食べる。 小屋横のトイレに向かう途中、稜線から新潟の新発田市の町明かりが輝き、歩いてきた稜線が黒いシルエットとなって星を遮っている。 4時17分、門内小屋のテントサイトを後に梶川尾根分岐の扇ノ地紙へ向けて出発する。
 
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稜線に登ると直ぐに明るくなり、東の空に赤い線が走り始める。 昨日のガスのかかった天気が嘘のように、飯豊山までの稜線が一気に開ける。 雲海の上には遠くの山々が頭を出している。 4時37分には扇ノ地紙に到着し、暫く景色を眺める。 扇ノ地紙から、広い梶川尾根へと入りのんびりと写真を撮りながら、高度を下げてゆく。 草付きの白い花崗岩の尾根は次第に笹尾根へと変わり、5時21分に梶川峰に到着する。 ここからは尾根が急に狭くなり、急傾斜が始まる。
 
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食料を殆ど食いつぶし軽くなったザックでも、テント泊の重量があり、急な降りで足に負担がかかる。 おまけに登山道が見事に水で掘れ深い溝状になっている。 付け替えられた登山道は笹の幹で滑りやすい。 東側を向いた尾根は、時間と共に直射日光を浴び気温がドンドン上昇する。 5時57分、五郎清水に到着し小休止を取る。 梶川峰を通過した頃は汗など全くかいていなかったが、僅か30分ほどの急傾斜を降っただけで、汗でビッショリとなる。
 
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所々、傾斜は緩むが延々と直線的な急な降りが続き、おまけに段差も大きい。 滝見場への分岐を過ぎ、尾根を登り直し7時02分に湯沢峰を通過する。 この辺りで大勢のツアー登山者とすれ違う。 湯沢峰のピークは日陰が無く、ピークを少し過ぎた木陰で小休止とする。 二人とも登りの時より汗が出る。 標高が下がるに従い暑さがどんどん増してくる。 8時02分、標高630mの飯豊山荘が眼下に見える所で最後の小休止を取る。 眼下に飯豊山荘が見えるがなかなか着かない。
 
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それどころか、尾根上にロープのかかった岩場までが現れる。 8時33分、最後の最後まで直線的な急坂が続き、やっと登山口へ出る。 
登山口は林道のコンクリート橋の脇にあり、橋を渡った所に車止めのゲートがある。 沢に一度降りて、ストックを洗い、ついでに顔も洗う。 既にズボンまで汗でビショビショになっている。
 
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舗装された林道を少し歩くと飯豊山荘が現れ、山荘前のバス停にはさっぱりした登山客が数名バスを待っている。 そのままの格好なら一番早いバスで帰れるが、ここは先ず風呂に入る事を優先する。 8時50分に飯豊山荘へ到着し、同時に入浴を頼む。 直ぐにザックを持って風呂場へ向かう。 汗に濡れた服を脱ぎ、シャワーを浴びると気持ちが良い。 さっぱりした所で、山荘の食堂で生ビールを立て続けに二杯飲む。 丁度、そこへバスに乗り遅れた東京からきた女性二人連れが現れ、タクシーで一緒に小国駅まで行く事にする。 10時10分、さっぱりして飯豊山荘をタクシーで後にし、10時45分には米坂線の小国駅に到着する。
 
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駅近くのスーパーマーケットで昼食を購入する。 計画した米沢行き電車より新潟行き電車の方が速いので、11時46分小国発の電車で坂町へ行き、更に奥羽本線に乗換え新潟方面へ向かう。 新潟駅からは12時59分発の臨時新幹線で東京戻る。
 

費用
バス代(新宿→会津若松)    @¥4800
電車代(会津若松→山都)    @¥480
バス代(山都→キャンプ場)   @¥780
幕営料(3泊)         ¥2300
飯豊山荘入浴料         @¥500
タクシー代(飯豊山荘→小国)   ¥9500
電車代(小国→東京)      @¥10920
食料等             ¥4000

備考:ガスの使用量は、30~40g/一回

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