7月20日にスポーツクラブの山仲間と火打山と妙高山を登ってきました

2002年7月20日にスポーツクラブの山仲間と火打山と妙高山を登ってきました。
当初二泊を計画していたが、予定していた高谷池ヒュッテが二ヶ月も前から満員となり、計画変更を余儀なくされた。多少初日は辛いが一泊二日の計画とした。

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実施日:2002.07.20(土)~21(日)

参加者:5名

天候 :7/20 晴れのち曇り
     7/21 雨のち晴れ

コース:
7/20
小田急線始発準急電車内集合→(新宿、東京、長野経由)→妙高高原駅→(タクシー)→笹ヶ峰登山口→富士見平→高谷池ヒュッテ→火打山→高谷池ヒュッテ→黒沢池ヒュッテ
7/21
黒沢池ヒュッテ→妙高山→天狗堂→燕温泉→妙高高原駅→(長野、大宮経由)→新宿

山行内容
7/20
関東地方は朝から良く晴れているが、上信越から東北地方にかけて前線が掛かっている梅雨末期の天候となった。 小田急線上り始発準急電車内で4名が集合する。 残り一名は直接東京駅の新幹線ホームで集合する。 東京駅長野新幹線ホームには6時少し過ぎに到着するが、20日は「海に記念日」で土日連休となる為、旅行者が多い。 自由席は長い列が出来ているが充分に座れる程度である。 6時26分、定刻に「あさま501号」は出発し、途中上野、大宮に停車すると、自由席には立っている乗客も出てくる。 長野には8時05分に到着し、上信越線快速電車へ乗り換え8時12分に発車する。 妙高高原に近づくと途中車窓より妙高山が大きく眺められるようになる。 妙高高原駅には8時45分ごろ到着する。 駅舎を出ると夏の日差しが容赦なく照り付け、肌がジリジリし始めるが東京ほどの蒸し暑さは無くサッパリしている。 9時丁度にタクシーに乗車し、笹ヶ峰登山口へ向かう。 

画像タクシーの運転手曰く、「五名乗車ならバスよりはるかに安い。」との事である。 凡そ30分程でタクシーは登山口の駐車場へ到着する。 旧登山口は入口付近の崩壊の為、最近新しい登山口に付け替えられたとの事である。 登山口前の駐車場にはかなりの自家用車が駐車してあり、入山者の多さを物語っている。 9時36分、登山口を出発する。 暫くは自然林の中に緩やかに続く登り坂を行く。 かなりの部分に木道が設置してあり、歩きやすいが、全く展望が利かない。 50分程で開けた黒沢に架かる橋を通過する。 橋の袂で何名かの登山者が休憩を取っている。
 
画像黒沢を過ぎると木の根が絡まる登り坂となり、10時55分に十二曲がりの取付きである標高1685m地点で最初の小休止を取る。 休んでいると仲間が「ぎんりょうそう」を見つける。 十二曲がりからは急斜面を九十九折に登って行く。 風も吹かず蒸し暑い中を汗だくになって30分程登り続けると、標高1790mの三角点となり尾根の背に出る。 ここからはやっと木々の間から妙高山の外輪山の一角である三田原山が黒沢源流域の谷を跨いで堤防のように立ちふさがって覗ける。 ここからは傾斜も多少緩やかになるが、足元が泥田の様で歩きにくくなる。 11時55分、少し緩やかになった標高1905mで小休止を取る。 蒸暑いのと、足元が悪いのでなかなかピッチがあがらず、計画よりも30分程の遅れがある。 黒沢ヒュッテへの道と高谷池ヒュッテの分岐である富士見平を12時36分に通過する。 ここでは大勢の登山者が休憩を取っている。 富士見平より高谷池ヒュッテへの道は黒沢岳の西面をほぼ水平にトラバースする。 しかし、一段と道の泥田状態が酷くなり、歩き難さが益す。 

画像13時29分森林の中を出ると三角形の屋根を持つ高谷池ヒュッテへ出る。 ヒュッテ前のベンチには大勢の登山者が休息している。 予定時間を多少オーバーしているので荷物をベンチにデポして、直ぐに火打山へ向かう事とする。 火打山へは木道伝いに高谷池の北側を回り小さな丘を越えると、今度は天狗の庭へ出る。 高谷池も天狗の庭も尾瀬よりはるかに規模は小さいが、訪れる人が少ないせいか美しい自然が一杯残っている湿地帯である。 火打山、妙高山の登山目的だけでなく、のんびりとここだけ訪れるのも良いかもしれない。 


画像14時10分、火打山へ登り始め少し登ったところで、60歳以上のメンバーに疲れが見え始め、高谷池ヒュッテへ一足先に引き返し、高谷池ヒュッテで充分休息をとった後、黒沢池ヒュッテへ先行してもらう事とする。 火打山へは、何時も一緒に行く山仲間と私がラッシュでアタックをかける。 標高2300mを越えたあたりから這松地帯となる。 この稜線上を暫く小さなアップダウンを繰返しながら過ぎると、最後に標高差100m強の急登となる。 この急登は丹沢大倉尾根の花立手前のような階段の登りが続く。 ハイペースのため息が切れてしまう。 


画像14時53分、火打山山頂へ到着するが、ガスで遠望が全く見えない。 仕方が無いので記念写真を撮って直ぐに下山を開始する。 ほとんどを駆け降り、高谷池ヒュッテには15時45分に到着する。 荷物をデポしたベンチには三名の荷物は既に無く、黒沢池ヒュッテへ先行していた。 我々も直ぐに後を追う。 黒沢池ヒュッテへは、標高差60m程登ると茶臼山となり、ここから160mほど降り、16時31分に黒沢池ヒュッテへ到着。 




画像既に先行し16時10分に到着していた三名によりチェックインは済ませてあり、我々は別館の三角屋根の隅に寝床を与えられている。 この小屋は飲料水が確保されてなく、500ccミネラルウォータを@¥400で販売しているが、既にその水も売り切れ、お茶のみである。 予約時に混んでいると云われていた通りである。 暫く小屋の中で仲間が持参したウイスキーを飲むが、小屋の中は暑苦しいので、第三回目の18時よりの夕食まで外のベンチでのんびりする。 18時から夕食となる。 飯と味噌汁は幾らでも御代わりが出来る。 夕食後暫くして寝床に着く。 頭と足を交互にした鰯の缶詰状態である。 暫く寝ると暑さで眼が覚める、時間を見るとまだ22時。 朝まで暑さとの戦いである。 

7/21
夜中中暑苦しくて、行動開始が出来る時間が待ちどうしたかった。 3時に荷物を持って外のベンチへ移動する。 まだ外は真っ暗である。 朝食代わりに小屋で用意された弁当を受け取る。 弁当とは、赤飯と五目御飯のレトルトパックを温めただけである。 各自、昨日の残りの握り飯やパンで朝食を取る。 3時40分、キャップランプを灯し、スパッツを着けて小屋を後にする。 歩き始め10分も経たない内に雨が降り始める。 最初はザックカバー程度で充分かと思ったが、雨の勢いが付き始め合羽の上着を着用する。 

画像登り始めて40分程で妙高山の外輪山にある大倉乗越を通過し、標高差100mの急坂を降ると長助池に沿って長助池分岐までほぼ平坦な道が続く。 この頃になると雨があがり長助池の湿原が雨に洗われ落着いた雰囲気を漂わせている。 4時55分、長助池分岐の5分ほど手前にて今日最初の小休止を取る。 雨具を片付け、朝食と摂って再出発する。 分岐を過ぎ暫く行くと小さな雪渓を渡り、更に雪渓を登る。 雪渓が終わると沢状のガレた急登となる。 5時52分、沢状の途中で広くなった所で小休止を取る。 やたらと虫が多く、頭の周りに纏わり付き鬱陶しい。 途中後ろを向くと、外輪山越しに火打山とそれに続く焼山がガスの切れ目から眺められる。 ガレが無くなり稜線状のところに着くと山頂は直ぐであった。

画像6時55分、妙高山山頂に到着する。 昨日とは異なり、山頂は晴れ渡っているが、残念ながら火打山方面はガスがかかり見えない。 暫くすると山頂の登頂者が増え始める。 山頂は高山植物が咲き乱れている。 7時30分に頂上を堪能した後、燕温泉へ下山を開始する。 30分ほど草木のあまり生えていない火山特有の赤茶けた砂礫の岩場を降り、樹林帯に入ると標高差20~30mの鎖場となる。 鎖場を過ぎ8時19分に休憩を取る。 
時折、風向きにより北地獄谷方向より硫黄の臭いが流れてくる。 光善寺池を過ぎたあたりで、東京の高校生合宿の集団登山者とすれ違う。 すれ違いざまに殆どが挨拶をして、駆け上がって行く。 若さを感じる・・・。 光善寺池を降り天狗堂を通過し、急坂を降り北地獄谷源頭部で9時26分休憩する。 直ぐ近くに残雪があるのかひんやりとしている。 北地獄谷沿いに降り続け、赤倉温泉の源泉を通過すると、一度右岸に沢を渡るが、直ぐに左岸への道がついている。 予定では右岸側を降る予定であったが、左岸側の登山道が確り整備されているので燕温泉まで距離の短い左岸側を降る。 道は、小型無限軌道輪車が走れる幅で、整備され歩きやすい。 この道は、燕温泉スキー場の上部に繋がっている。 11時16分、燕温泉へ到着する。 早速、風呂へ入る為に並んだ旅館を覗く。 温泉に浸かり、着替えをしてサッパリした後、生ビールを飲む。 

画像12時20分、タクシーで妙高高原駅へ向かい、駅前の元祖信州蕎麦屋で昼食を摂る。 森蕎麦がどんぶりに入って出てくる。 元祖と云う割にはあまり美味くない。 13時54分、妙高高原を後にする。 途中、長野から「あさま520号」で大宮まで向かい、新宿には17時頃戻る。
  








費用
電車代@¥14710
タクシー代¥5660
小屋@¥8500
風呂@¥600
タクシー代¥3060

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